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仙台高等裁判所 昭和36年(ネ)358号 判決

控訴人 三輪盛

被控訴人 農林中央金庫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の申立はこれを棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに立証関係は、次のとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(被控訴代理人の主張)

被控訴人は、原判決に基ずき昭和三六年八月一〇日額面一、六〇〇万円の登録国債を保証にたて、同月一二日右の日本銀行の登録国債担保権登録済通知書および原判決正本を福島地方裁判所に提出して、本件仮処分決定の執行の取り消しを得、本件競売手続を続行した。これに対して控訴人は同月三〇日に至り当裁判所に、右判決に基ずく取消の執行の停止を申請し(昭和三六年(ウ)第一一二号)、即日金三〇〇万円の保証供託を条件とする停止決定を得、同年九月六日右保証金を供託したが、既に停止すべき原判決の仮処分決定取消の仮執行の終了後であつて、その効力を発生する余地がないものである。このように係争仮処分取消後になされた本件控訴は、控訴の利益を欠き却下せられるべきである。なお原判決三枚目表五行目「共有持分実測八〇〇町歩」とあるのを「共有持分一三分の三、分割すれば実測八〇〇町歩相当」と訂正する、と述べた。

(控訴代理人の主張)

一、被控訴人がその主張日時にその主張のような保証供託をなし、その結果本件競売手続が続行されるに至つたこと、その後控訴人が被控訴人主張のような執行停止決定を得てその保証供託をしたことは認める。

二、特別事情の存否の認定には、仮処分の目的が保証供与によつて達成し得るという債権者側の事情のみならず、債務者側において仮処分の執行により通常生ずる損害より著大な損害の発生すべき事情をも顧慮さるべきである。この点に関し、被控訴人は第三者との清算関係に由来する不利益を強調するに過ぎず、しかも本件抵当山林の現在の評価額は金七、〇〇〇万円相当であつて被控訴人の債権を満足して尚多大の余裕がある上に、その地上立木は毎年四〇〇万円相当の増育を見、地価の値上りも必然であつて、年々その担保力は増大こそすれ減少しないことは明らかであり、従つて被控訴人が本件仮処分によつて受ける損害は僅少にとどまるものといい得べく、控訴人が右仮処分の取り消しによつて右競売手続が続行され、右抵当山林を失うことによる著大な損害と比較衡量するときは、右競売を無理に続行することは許すべからざるものといわなければならない。

三、仮に控訴人が敗訴の判決を受け、被控訴人に仮執行の宣言が付せられるときは、控訴人にとつて回復することのできない損害を被むるので、控訴人に対し担保を条件として仮執行を免れることを得るむねの宣言を付せられたい、と述べた。

(疎明資料)〈省略〉

理由

一、当裁判所は左のとおり付加判断するほか、原判決と同様の理由によつて、控訴人が本件仮処分決定により保全される権利は金銭的補償によつてその終局の目的を達し得るものであり、その保証額も原判決と同じ額をもつて相当と判断するので、原判決理由記載をここに引用する。

ただし、

(一)  原判決六枚目表六行目「二号証」を「二号証の一、二」と訂正し、七行目「被申立本人の各供述」の次に「当審での証人菅野藤吉、尾形一、控訴人本人の各供述」を挿入し、同九行目「有限会社三輪材木店」の次に「有限会野田建設工業所」を挿入する。

(二)  同八枚目裏三行目冒頭の「供述」の次に「当審での証人小林孝の供述(第二回)によつて成立の認められる甲第六号証、右証人の供述(第一、二回)」を挿入し、同四行目の「認められる。」の次に、「乙一〇号証、当審での控訴人本人の供述中右認定に反する部分は措信し難い。」と挿入する。

二、本件控訴の利益の有無について。

被控訴人が原判決主文第一、二項の保証を条件とする仮処分決定取消の仮執行宣言に基ずき、昭和三六年八月一〇日額面一、六〇〇万円の登録国債を保証にたて、同月一二日そのむねの日本銀行の登録国債担保権登録済通知書および原判決正本を本件競売の執行裁判所である福島地方裁判所に提出して、本件仮処分の執行の取り消しを得、右競売手続を続行したこと、その後控訴人が本件控訴に伴い同年八月三〇日に至り当裁判所に右仮処分決定取消判決の仮執行の停止を申請し(昭和三六年(ウ)第一二二号)、即日金三〇〇万円の保証供託を条件として右仮執行を停止するむねの当裁判所の決定を得、同年九月六日右保証供託をしたことは、当事者間に争いのないところである。

しかるところ、右のような仮執行停止決定は、仮処分決定の取消判決の執行が完了する前に、その執行を停止する効力を有するに過ぎないものであつて、既に右取消判決の執行が完了してしまつた後においては、停止すべき対象はなく、すなわち右判決の執行によつて仮処分の執行が解放されてしまつた以上、これを右解放以前の旧の状態に復せしめることは到底右停止決定によつてなしうるところではないといわなければならない。本件において、被控訴人が原判決に基き本件仮処分による右競売続行禁止の束縛を解かれ、その結果前記のように昭和三六年八月一二日右競売手続停止の状態が解放されてその手続の続行が開始されたときに、既に原判決の仮処分決定の取消の執行は完了してしまつたとみるべきであるから、前記当裁判所のなした停止決定は不適法のものであり最早これを執行する余地なく不能に帰したものというべきである。

しかしながら、元来仮執行の宣言付判決は将来その宣言または本案判決が破棄もしくは変更されることを解除条件として、暫定的な仮の確定の効力を有するに過ぎないものであるから、控訴裁判所としては右仮執行の結果は全く無視して、請求の当否を判断すべきこと理の当然である。従つて本件において原判決の仮執行の結果被控訴人がその申立の満足を得たような状態がもたらされたとしても、かかることは審理の外に置かれるものであつて、これと見解を異にし、右仮執行の結果を前提として本件控訴の利益欠缺を主張する被控訴人の見解は採るに由ないものである。

しかも成立に争いのない乙七号証、八号証の一、二ならびに弁論の全趣旨によれば、前記の当裁判所の停止決定に基ずき、右のように一旦続行を開始した競売手続は再び停止され、本件仮処分決定が復活した如き状態が現出されている事実(その当否はさて措き)が認められることによつても、被控訴人の主張が理由のないことは明らかである。

三、次に控訴人は、特別事情の存否の認定については、仮処分債権者側における仮処分により保全される権利が金銭的補償を得ることによりその終局の目的を達成し得る事情のみならず、仮処分債務者側における債務者が仮処分により普通うける損害よりも多大の損害をうけ、しかも当事者双方の利害を比較衡量して、債権者が仮処分取消によつてうくるべき損害に比して、債務者の右損害が著大である如き事情をも併せ顧慮すべきむね主張するが、右の前者の事情と後者の事情は必ずしも併存しなければならないものではなく、いずれかの事情があれば足るものであつて、すなわち右両事情はそれぞれ別個に特別事情となるものであると解するのが相当であるから、前記のように本件仮処分によつて保全される控訴人の権利は金銭的補償を得ることによりその終局の目的を達し得るものとして特別事情ありと認定した以上、右の後者の事情の存否を審理判断する必要はないものというべきのみならず、控訴人提出援用の各証拠によつても、原審証人内田正也(第一回)の証言により成立の認められる甲第一ないし第三号証前記甲第六号証原審証人堀金七郎、小林孝、内田正也(第一回)当審証人後藤五郎、小林孝(第一、二回)の各証言を考え合せるときは控訴人主張事実の疎明あるものということができないから控訴人の右主張は排斥さるべきである。

四、最後に、控訴人の仮執行免脱宣言の申立は、次のような理由で不適法と思料する。

(一)  民事訴訟法第七五六条の二においては、仮処分を取り消す判決について仮執行の宣言を付することができるものと規定するにとどまり、仮執行免脱の点については何ら規定していないのであつて、それは仮処分命令が執行文の付与をまつまでもなく(同法第七四九条第一項)それ自体即時執行の効力を有する緊急的性格がある結果、これを取り消す場合も速やかに仮処分の執行の結果を原状に回復させる必要があるとして仮処分取消判決に特に仮執行の宣言を付することを許したにほかならず、従つて右仮執行の宣言に対し、更に仮執行免脱の宣言をなすことは許されないものであると解するのを相当とする。

(二)  民事訴訟法第三九三条第三項には、仮処分に関してなしたる判決に対しては上告をなすことができないむね明記されている。従つて原判決は本件控訴棄却判決の言渡と同時に確定し、仮執行宣言は当然失効するに至るのであるから、その免脱宣言は無意味である。

右いずれの点よりしても、控訴人の申立は不適法に帰する。

以上のとおりであるから被控訴人の本件申立を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 上野正秋 新田圭一)

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